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僕が駅のホームで泣いた日。

「トマトの上に他の野菜を置かないで」

そう言われた僕はびっくりした。今までの人生で、そもそも言われたことがない文章だし、何より「トマトの上に他の野菜を置いて怒られる」という経験が初めてだった。

私は自分でエコバッグに買ったものを入れる時に卵の上にジュースを置く人間だ。
勿論それが普通ではないことは分かった上で、気をつけてレジに通した物をカゴに入れ直していた、つもりだった。

しかもお互いにマスクをしている上に、飛沫感染防止シートがあるから意思疎通が取れず、1回目に言われた時は何を言われたのか分からず、2回目に言われてようやくそう言っていることに気づいた。(1回目の時に聞き返せよと言われればそれまでだが、怒ってる人に聞き返せる勇気などない。)

そのお客さんには謝りながらお会計を済ませ、最後は笑顔で帰ってもらえたものの、私は「普通の人はトマトの上に何か置くと怒る」ということがインプットされ、それからは慎重にレジを打った。

しかし慎重すぎる故か、他のお客様には「そこまで慎重にやらなくていい」と言われた。
もう、僕は分からなくなった。
みんな自分勝手だ。そもそも文句があるなら打った傍から袋に入れていけばいいのにと思った。

思えばそこから私はおかしくなった。

そもそも今まで私がいたところは、直接お客様とやり取りすることが無かった。
というか、ない部署を選んだのだ。
それは単純に面倒だから、というのもあったけど1番は自分が吃音症だからだ。
接客は自分に向いてないし、でも接客をしない「レジだけの仕事」なら出来ると思ってこの会社に入社した。
現に、今年の3月中旬まではほとんどレジだけだった。

それが4月の大編成で諸々と変わってしまった。コロナの影響でアルバイトが雇えなくなり、その代わりに私たちが食品に借り出されたのだ。
そして何よりたった30分だけ研修に付いてもらい、あとは「はい、本番」だった。

そもそもさっきも書いたようにカゴに入れる順番も分からないし、野菜の種類も、フルーツの名前(ブランド名)も分からない。

その状態で食品のレジに入らされた自分たちはめちゃくちゃ文句を言ったし、上司にも伝えた。
しかし返ってくる返答は何も無い。
あったとしても「ごめんね」だけだった。

そんな中で私はその「トマト」の時に恐らく心が折れてしまって、そして今日4月11日の朝9時52分、駅で泣いた。

というより、勝手に涙が出てきて、止まらなくなった。

なんで泣いてるんだろう。
そんな理由は分かってる。分かってるけど、それを口に出すと、自分は会社に行けなくなる。
自分が行かないと周りの人に迷惑がかかるし、嫌な目で見られるかもしれない。
でも、無理。

そんな気持ちがあべこべで押し寄せて、結局私は電車に乗った。
車内でも涙は止まらなかった。
駅に着いても、更衣室に着いても、そして事務所に入った瞬間、先輩の顔を見て、涙腺が崩壊した。

「今日、無理かも」

そう言うと私は3歳児の如く泣き始めた。声を出してボロボロと。27歳女児の誕生である。

人が来ない部屋に避難させられ、そこで話を聞いてくれた。

とりあえず食品が嫌なこと、そしてその理由の1つでもある吃音症であること(これについては大きな声で言えることではなかったので、ずっと隠してきた。でもちゃんと上の人には吃音症だから接客は厳しいと伝えていた。)、この体制に問題があるということ、みんなももう限界だということ。

私は1番年下だが、言うことは言ってきたタイプだ。はっきり自分にとって無理なものは無理だと主張してきたし、それがなぜ無理なのかもきちんと説明付けて言ってきたつもりだ。
でもみんなは「何言っても変わらないから」言うことを諦めてしまっている。

だから私にとって泣くという行為こそが、自分の身を守る最大限の方法だった。

話を聞いてくれた先輩と他の先輩やサブマネージャーの判断で今日は帰った方がいいということになった。
落ち着いたら帰りなよ、と言って貰えたので落ち着くまでその場でステイしていた。

駅で泣き始めてから約1時間40分、事務所で大泣きしてから30分後、ようやくなんとか落ち着いて、更衣室に帰ろうとしていた時、ドアが開いた。

そこにいたのはサブマネージャーだった。
私はサブマネージャーがとにかく苦手だった。何かを相談しても「なんとかなる」と口先だけ、「責任は全部とる」と言いながら何もしない、そんな人だから私にとっては信頼のおけない上司だった。

やって来て開口一番に「大丈夫?」と聞かれたが、大丈夫な訳が無い。大丈夫だったら働いている。
私は素直に全てを話した。しかしそのどれも「ごめんね」「それはこれからどうにかしていくから」ばかりで、はよ帰らせろと思った。

最後の最後には「もうちょい踏ん張って」と言われた。私は首を縦に振らなかった。
だって私は踏ん張ったから。踏ん張った結果こうなったのだ。

生憎今日で働き始めて6年目だ。

上司が糞すぎて毎日お腹を壊しながら会社に通い始めた1年目、なんとなく四季を感じられ始めた2年目、余裕が出てきた3年目、いつの間にか頼られる位置になっていた4年目、完全に頼られ始めた5年目、心が折れた6年目。

僕は頑張った。1番年下の中、色んな人に気を使い、みんなが働きやすいように上の人には意見を言ったことだって何回もあった。

僕は頑張ってきたのに。それなのに。

心の表面張力に触れられて一気に溢れてしまったものはもう戻らなくて、今もずっと溢れ続けている。

母にも1番言わせなくない言葉を言わせてしまい、自己嫌悪になった。

私は、限界だ。

お客様からしたらたった1分の、その時限りの関係かもしれない。
ただ分かって欲しい。

あなた方が言った言葉が、どれだけ店員側の負担になっていることか。
その一言で、人は壊れる。

生まれ変わったら絶対に百貨店の店員にならないと決めた。

明日は泣かないで、会社に行けますように。

2021.4.11

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